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交流が生まれたきっかけ

宮城県女川町は、東日本大震災で壊滅的な被害を受けました。この町に自治体レベルで最初に支援活動を開始したのが徳島県でした。
そして、女川第二小学校(現女川小学校)を拠点に、子どもたちの「心のケア」や「学校再開支援」にあたりました。学校再開以降は、徳島県立徳島商業高校による交流支援事業が女川第二小学校(現女川小学校)との間で継続的に続けられています。今回の牟岐小学校と女川小学校との交流の背景には、こうした徳島県と教育を通じた絆があったのです。

そして、2015年、牟岐町と女川町との間で新たな接点が生まれました。
一般社団法人HLABが主催する米国ハーバード大学のリベラルアーツ教育を取り入れたサマースクールが、昨年開催された牟岐に続き、今年からは女川町でも開催されることになりました。HLABを通じての人のつながりは、子どもたちだけではなく大学生や大人にまで交流が拡がる可能性を与えてくれました。
加えて東日本大震災時に女川第二小学校の教頭をされていた阿部清司先生が女川小学校校長に就任され、交流に快諾をいただいたことをきっかけに一気に交流が進んでいきました。

牟岐町と女川町は、「津波」という逃れることができない宿命を背負っています。
東日本大震災で女川町に起こったことは、将来牟岐町で発生する可能性があることなのです。人口減少や第1次産業の不振といった課題も共通しており、教育に目を向けると1町1小中学校体制や地元に高校がないなど極めて類似した状況にあります。
800kmも離れた牟岐町と女川町とが共通した価値観を持ち、交流が始まったことは、偶然から生まれた必然ではないでしょうか。

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